ときに厳しく、ときに優しく。確固たる信念と深い愛情で、消防隊員に新たなる体育指導を実践してきた鎌田氏。畑は違えど、同じ教育者として学ぶべきところは多い。鎌田氏はどんな想いで教育に取り組んでいるのか伺った。
一対一の関係を築くことにより、大きな可能性を引き出していく
本気で向き合えば子どもは必ず変わる
私は学生時代を通じて五十種類ほどのアルバイトをさせていただきましたが、その一つとして家庭教師も経験しました。体育教師になりたかったので、先生というものはどんなものかを味わってみたかったのです。母校の中学の先生と連携し、中学生の九教科を、三年間、無償で担当しました。いま思えばまさに塾ですが、集まってきたのはやんちゃな子たちばかり。本当に毎回が真剣勝負でしたね。
その経験を通じて感じたのは、たとえどんなにやんちゃでも、子どもはみんな優れた能力を持った天才だということ。こちらが本気で向き合うと、子どもは一日で表情、意識、行動が変わるんです。どうやって彼らのやる気の導火線に火をつけて、本気にさせるか。それが私の楽しみでした。中学の先生からも「あの子の振る舞いはそっちではどうだ?」などと聞かれることも多く、塾と学校が協力しあう意味の大きさも実感しています。
私が子どもたちを指導するうえで意識していたのは、「知識のあるものがないものに教える」というスタンスではなく、見守るようなイメージ。大きな枠のルールを設け、そのなかで自由に学べるようにしていました。とかく狭い枠に閉じ込めて教育をしがちだと思うのですが、先生が大きな信念と覚悟を持ちつつ、子どもたちを信じてあげることも大切なのではないでしょうか。そうした先生の愛情は子どもたちにも伝わり、きっと大きく成長してくれることと思います。
防災力を高めるには道徳心を養う必要も
私が設立したタフ・ジャパンでは、一般の方に向けて「防災道徳」という教育をおこなっています。なぜ防災だけではなく、道徳も合わせて教育するのか。それは道徳心が養われてこそ、はじめて防災力が高まるからです。阪神淡路大震災が起きたとき、震源地に近い淡路島の北淡町はなぜか生存者が多かった。というのもお互いの寝室も分かり合っていたので、地域の人が協力してがれきの下からいち早く救出することができたのです。でも、一体なぜ北淡町だけがそういう意識が持てたのだろう。長年疑問に思っていたのですが、二年前へ現地に行ってみると「道徳教育推進の町」という看板をあちこちでみかけました。「そう だったのか…」。私は防災と道徳を一緒に教育することで、日本の人間関係力を土台から強くしたい。そんなミッションを掲げて、防災道徳の指導と普及に努めています。
また、東日本大震災ではたくさんの避難所が設けられましたが、ある避難所では「ここで暮らす人はみんな家族です。それぞれ自分の役割を見つけ、積極的に行動しましょう」と呼びかけていました。すると年齢も職業もバラバラなのに、まるで家族のような絆が生まれた。その避難所で暮らしていた人たちは、定期的に同窓会を開いているといいます。ともに支え合うことで生まれる絆を、私は教育に盛り込んで多くの人に伝えていきたいと思っています。
そうした想いを通じて立ち上げたのが、帰宅困難を実際に体験してもらう「災強!霞が関防災キャンプ」です。このプログラムでは明かりがない、トイレがないといった不自由な状況を作り出し、見ず知らずの人と一晩をともに過ごしてもらいます。リアルな帰宅困難を体験してもらうことで、多くの気づきをもたらし、行動をおこしてもらいたいのです。参加者は明かりがない不便さを感じれば携帯ライトを買いにいきますし、水がない恐怖を感じれば備蓄水を用意するようになります。また、わざと弁当が一つ足りないようにしておき、その状況をどうやって初対面の人と切り抜けるか、といったことも体験してもらいます。奪い合いが起きてはとても朝までもちません。ほかにもいろいろな仕掛けを作ることで道徳心を養い、防災に対する意識の向上を図っています。
火事場の馬鹿力を意図的に引き出すには
タフ・ジャパンでは、一般の方に防災道徳を教育するだけではなく、全国の消防隊員に「消防體育」というものを指導しています。これは学校体育とは違い、消防隊員のためだけにおこなう職業体育です。私がこの消防體育を指導する上で意識しているのは、メンタル、フィジカルの鍛錬だけではなく、勇気を育むこと。どんなに屈強な体でも、勇気がなければ消防隊員としては活躍できません。たとえば水泳を指導する場合でも、ただ泳ぐことだけをテーマにするのではなく、実際に消防服に身を包んだときに人を抱えて救出することができるのか、といった実践的なトレーニングをおこないます。そうした訓練を積むことで、いざというときでもひるむことなく、勇気が奮い出るようにしているのです。
また、人間が一番成長するのは、悔しさや苦しさで奥歯を噛む時。隊員たちを極限まで追い込むことで、いわゆる「火事場の馬鹿力」を意図的に引き出すようにもしています。二人一組でバディを組ませ、一人には腕立て伏せを、もう一人には実施者を背中から押さえつけるようにさせます。そして背中を押さえる者には、同時に相手が奮い立つような言葉を浴びせかけさせるのです。腕立て伏せをしている者は、とにかく重いし、苦しい。そんな辛い状況を与えると、バディに負けじと自分でも驚くほどの力を発揮し、達成感を味わうことができるのです。この際に大切なのが「なぜそれをするのか」、その意図をきちんと説明すること。トレーニングの意味を理解することで、隊員たちはより目的意識を持って訓練に臨むことができます。負荷の与え方は上手にコントロールする必要がありますが、一度限界を突破させることは、人を成長させるうえでとても重要だと思っています。
どんなに子どもが多くても一対一の関係を築くこと
消防體育においては、場合によっては何百人という隊員を一度に担当します。そんなときに私が気をつけているのが、一対一の指導をすることです。初めての講義では必ず時間をかけて一人ずつ握手を交わし、しっかりとコミュニケーションを取ります。一対一の関係を築くことは教育の原点だと思いますが、そうやって心の距離を縮めたら、今度はスクリーンを使って家族・恩師の紹介をします。すると、みんな必ず私に興味を持ってくれるのです。それから講義に入っていくのですが、講義では隊員から質問を集め、それに対して答えていくという手法を取っています。つまり毎回その場で組み立てる、オンリーワンのプログラムということ。心の距離が遠いまま、決まり切ったプログラムをおこなうのでは、隊員も集中力を維持し続けられません。いずれにしても、教育者はいかに一対一の関係を築き、全力で関わっていくか。それいかんによって、本人の持つ力を充分に引き出せるかどうかが変わってくると思います。
また、私はさまざまな方法で体を鍛えてきましたが、強い肉体を得るには筋力トレーニングだけではなくストレッチをおこなうことも重要です。筋力は鍛えれば鍛えるほど強くなりますが、それだけではダメなんです。ストレッチを取り入れて柔軟性を磨いてこそ、強靱な体を得ることができる。これは、教育にも同じことがいえると思います。叱るだけでは子どもは萎縮してしまいますし、ほめるだけではたくましくはなれません。さじ加減が難しくはありますが、両方をうまく使い分けることによって、しなやかで強い子どもを育くめると思います。
プロフィール
鎌田修広(かまたのぶひろ)
日本体育大学社会体育学科卒業。在学中にトライアスロン部を創設し、初代主将を務める。平成4年、就職した紳士服チェーンでトップセールスマンとなる。翌年、消防職員となった友人の薦めで横浜市消防局へ入局。消防訓練センターの体育訓練担当教官となり、3千人を超える職員の新たな体育指導法を確立。平成23年退職し、防災研修や人材育成事業をおこなう(株)タフ・ジャパンを設立、代表取締役となる。著書に『生涯現役消防筋肉』。
http://www.tough-japan.com/
『月刊私塾界』2013年8月号掲載