障がいを抱える二人の娘。
彼女らには、行く場所がなかった。
娘たちだけではない。
困っている、声なき声が
たくさん埋もれていた。
そうだ、行く場所がないなら、
俺がこの手で作ってやる。
たまみずき(東京都)
代表 櫻井 元さん
行き先のない、放課後の子どもたち
『レット症候群』という神経疾患がある。ほとんどの場合女児に発症するといわれており、自閉傾向とともに知能・言語・運動能力に遅れが見られる病気で、発達障害の一つとして分類されている。しかし、現代の医学ではこれといった治療法も見つかっておらず、対症療法的な対応しかできない。発症率は約一万五千人にひとりという難病だ。
櫻井元(四二)は、双子の女の子の父。名前は珠希(たまき)と瑞希(みずき)という。彼女らが抱えているのが、そんなレット症候群である。たくさんの愛情を注ぎこんで成長を見守ってきたが、その子育て、そして仕事との両立、苦労は想像するに余りある。中でも手を焼いたのは、娘たちが学校に通い始めてからのこと。障がい児向けの放課後デイサービスがないことだった。
現在はある程度環境も整ってきたものの、櫻井がそれを必要としたとき、救いの手を差し伸べる者や制度はほとんどない状況。近隣に一軒だけあったものの、すでに定員いっぱいで受け入れてもらえなかったのである。
自分で作ればいいじゃないか
途方に暮れた櫻井だが、だまって指をくわえているわけにもいかない。「どこかに受け入れてくれる先はないか」「ないなら、どう対応すればいいのか」、あの手この手で情報を集めていった。そのとき、ふと“降りてきた”アイデアがあった。「というか、自分で作ればいいんじゃないか?」
調べれば調べるほど、絶対的ニーズはあるのに数が少ないことが分かってきた。自分のほかにも、困っている人はたくさんいる。事業モデルも調べてみたが、きちんと運営すれば、ビジネスとして間違いなく成立する。
もともと起業には興味のあった櫻井。まして愛する娘たちのためとあれば、もう動かない理由はない。二〇〇九年九月、障がい児向け放課後デイサービス施設『たまみずき』を立ち上げた。名前は、想いを込めて二人の娘『たまき』と『みずき』から取った。
開園当初は、こうしたサービスの社会的認知が低かったことから、営業にも力を入れた。スクールバスを追いかけて、その場でチラシを配って回ったこともある。しかしそこで聞かれる反応はどれも好意的で、「へえ~、いいじゃない!」という喜びの声が多数を占めた。やはり潜在ニーズは高かったのだ。自らが障がい児の父であるという立場から、その保護者ネットワークも手伝って、口コミでもどんどん評判が広まった。
その生涯を支える居場所を
もちろん、苦労がなかったわけではない。櫻井は語る。
「福祉の世界で働く人たちの多くは、その職務の特殊性から『営業』『営利』という発想があまりないんです。いくら福祉といえ、利用率を上げていかないと事業は継続できません。営業行為に力を割くよりサービスの質を上げるべきという声もありましたが、質を上げるのは当たり前のことで、その上に立って営業視点も持つことが大事です」。
その大切さをスタッフに浸透させるのには時間も手間もかかったし、中には理解しあえず辞めていく人もいたという。しかし、努力の甲斐あって事業は順調に回り、今も拡大中だ。デイサービスの事業所は五か所にまで増え、新しく始めたヘルパー派遣事業も二か所に拠点を広げている。
目下の目標に置いているのは、グループホーム設立だ。もともと娘たちのために立ち上げたこの事業、今度は高校卒業後の居場所も作ってあげたいと考えている。「彼女らのライフステージに合わせて、ずっとその生涯を支えていける体制を作りたいんです」と櫻井は語る。彼女らや彼女らと同じ困難さを抱える子どもたち、そしてその家族のためにも。(敬称略)
文/松見敬彦
櫻井 元 HAJIME SAKURAI
1973年生まれ、静岡県出身。大卒後、エンジニアとして活躍していたが、双子の娘に障がいが発覚。当時は、障がい児が放課後に通える施設が少なく、様々な情報を集めるうち「いっそ、自分で作ろう」と思い立った。社会の潜在ニーズは予想以上に高く、現在は事業所も増え、ヘルパー派遣にも事業を拡大。今後はグループホームの運営なども考えたいと熱く語る。
●WEBサイト
http://tamamizuki.com