三菱鉛筆株式会社(東京・品川区、数原 滋彦 社長)は、東京大学 大学院薬学系研究科の池谷裕二教授とストーリア株式会社(東京・中央区、田谷 圭司 代表取締役)との共同研究として、筆記具の役割である“書く・描く”ことに加えて、新たな提供価値を創出するための試みの一つとして、筆記具の動きと脳波を記録し、筆記具の動きから脳波を予測するという実証実験を実施した。
今回の実証実験の結果、筆記具の加速度データから集中力を予測できることが判明した。さらに論文は、2023年度人工知能学会全国大会に採択された。
三菱鉛筆は、新たな提供価値を検討する中で、日常的な筆記行為を通じて、自分の集中状態を把握することができれば自分自身に合った学習や作業を実現できるのではないかと考えるに至った。さらには、教育分野における授業の最適化や、作業分野における作業効率向上、ストレス軽減にもつなげることが期待される。
現在、集中力を予測するためには、脳波計などのデバイスを頭部に装着する必要だが、頭部にデバイスを付ける行為自体が煩雑、かつ集中力を下げる要因となる可能性もあり、データ取得において多くの課題を抱えている。筆記具の動きから集中力の予測が実現できれば、新たなデータ取得の方法になり得るとも考えている。
【実験手法】
筆記具に装着し加速度を測定できるアタッチメント型のIoT機器(ストーリア製 試作品「Penbe」)を装着し、筆記動作をセンシングできるようにした。この筆記動作センシングと同時に、脳波計を被験者に取り付け、集中力やタスクパフォーマンスとの関連が知られている脳の前頭葉のガンマ波成分を計測した。これらの筆記動作(加速度)とガンマ波の二つを、ディープラーニングの一つである「長短期記憶ニューラルネットワーク手法(以下LSTM手法)」を用いて、時系列的に分析した。
【実験タスクの概要】
アラビア語学習経験のない被験者を対象に、60分間アラビア語の書き写しを行い、その後10分間ずつ絵画と数理クイズのタスクを課した。アラビア語の書き写しをする60分間においては、集中を阻害するために、外部から各種の妨害(動画視聴やフリートーク)を行った。
【本研究成果のポイント】
・外部から妨害を行った時間帯では、妨害の少ない時間帯に比べて、ガンマ波強度/デルタ波強度比率の平均が低いことがわかった。そのため、ガンマ波強度/デルタ波強度比率が、集中度合いの指標として用いることが妥当と確認できた。
・筆記動作からLSTMネットワーク手法を用いて予測したガンマ波強度/デルタ波強度比率と、実際のガンマ波強度/デルタ波強度比率の、時系列変化の推移がほぼ一致することを確認した。
・ガンマ波強度/デルタ波強度比率が0以上になる時間帯を集中、0以下になる時間帯を不集中と分けると、感度 (実測した脳波に対し、筆記動作から正しく予測できた割合)は、83.0%となった。
(注1)ガンマ波の発生量が課題に対する集中力と関連があることは過去の研究で示され、脳の休憩状態と関連するデルタ波で補正して集中力指標としての有効性が示唆されているが、「集中力」に対するより明確な定義や評価方法の確立は今後も検討が必要である。
(注2)被験者の数が限られており、さらに筆記具の加速度データと脳波データの関係は被験者によって異なる可能性があるため、汎用的な手法を提供するには、より多くの被験者を集めた実験が必要である。
【考察】
この実験によって、LSTM手法を用いて筆記具の加速度データからデルタ波を予測できることが示された。これは、脳波を直接測定することなく、日常的に使用する筆記具から脳内の状態を予測することができることを意味しており、教育や作業といったさまざまな場面において応用することができると考えられる。
【論文情報】
張天依、佐藤由宇、田谷圭司、福田昂正、池谷裕二
筆記具の加速度センサーによる大脳皮質ガンマ波の予測
第37回人工知能学会全国大会(熊本)、2023年6月9日、4Xin1-31