聴覚障害のある子どもたちの教育支援を行うNPO法人Silent Voice(大阪市、尾中友哉 代表理事)は、ITテクノロジーを生かしたコミュニケーションツールを開発するソースネクスト株式会社(東京・港区、小嶋 智彰 代表取締役社長)と共同で、AIボイス筆談機「ポケトークmimiⓇ」を聴覚障害のある児童/生徒の所属する学級へ無償貸出を実施し効果検証を行った。
コロナ禍以前より、聴覚障害のある子どもたちは学校生活において「口元を見て推測する」ように意思疎通を図るという不利な状況が多くありました。コロナ禍ではマスクが口元を覆ってしまい「誰が話しているか」すら分からない状況が生まれています。この状況が、授業や部活などの活動における人間関係の作りづらさや指導内容の理解しづらさとなり、聴覚障害のある児童/生徒のコロナ禍として長期化している。
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの当事者への実態調査(2020年4月)では聴覚障害者の52.5%が「情報取得について不便がある」と回答し、音声認識アプリの使用が推奨されている。
このプロジェクトは、話した音声をリアルタイムに文字に変換し画面に表示できる「ポケトークmimi」の無償貸出を行い、社会的課題の緩和を目指すために誕生した。またプロジェクト終了後には効果検証を行ない、今後の学校内での支援や製品改善に活かす。
検証結果の概要
(1)無償貸出について
・全国の聴覚障害のある小/中/高校生が在籍する学校/学級(特別支援学校を含む)が対象
・2021年10月〜2022年3月末まで、40学級へ合計55台の無償貸出を実施
・36学級の担当教諭から使用後アンケート回収し集計を行った
・申込時のアンケートでは[コロナの影響によって、聞こえない・聞こえにくい児童/生徒と関わる際に、困る場面は増えた]と89,1%の学校が回答
(2)検証結果と示唆
本プロジェクトによる結果の概要については以下のとおり。
①全体の55.6%の学級で、”児童/生徒””にポジティブな変化があったと回答
全体の52.8%の学級で[授業で得られる情報量が増加した]と回答
全体の52.8%の学級で[授業の理解度が上がった]と回答
「口頭での解説や生徒の質問への回答といった情報を得られることが増え、より細かいところまで知ろうとする姿勢が印象的だった」(中学生担当教諭のコメント)
「高学年になって授業内で扱う情報量が急激に増えたことで自信をなくす様子も見られたが、字幕などで情報が得られれば”やっていける”と奮起してくれた。自立活動で、”文字で見えれば理解できておもしろい”という体験をきっかけに習いごとを始めようと申し込みをされたそうです。」(小学生担当教諭のコメント)
「使う前までは諦めていた聞き漏らした内容や聞こえなかった内容を知ろうとするようになった。」(小学生担当教諭のコメント)
②全体の61.1%%の学級で、”教諭”にポジティブな変化があったと回答
全体の44.4%の教諭が[児童/生徒に対して、コミュニケーションが取りやすくなった]と回答
全体の47.2%の教諭が[児童/生徒の授業の理解度を高められた]と回答
全体の41.7%の教諭が[情報保障に対しての理解度が深まった]と回答
「音声認識に正しく表示されるようにはっきりと話すことを各教諭が気をつけることが増えた。」(中学生担当教諭のコメント)
「これまでは教科の学習内容について指導者側から発信する情報をいかに伝えるかを工夫してきたが、児童が得る情報が増えたことで、”この部分はもっと知りたい”という意欲を感じて指導を充実させることができた。」(小学生担当教諭のコメント)
「言語化される情報保障のツールが一つ増えたことで、内容が伝わっていることが把握できお互いの安心感が生まれた。百人一首大会の際にスクリーンを利用した文字支援は、他の生徒たち全体にも役立っていると思いました。」(中学生担当教諭のコメント)
③児童/生徒のニーズに合わせた支援の必要性
常用漢字で翻訳されるため小学校低学年には不向きで、高学年以上が推奨されることが分かった。活用場面に応じた接続方法の工夫(Bluetoothマイクの接続など)が教諭側に求められることがうまく活用できなかったケースの課題として挙げられる。「支援ツールを使っている姿を見られたくない」という児童も存在し、音声翻訳ツールだけでなく、個々の子どもの置かれている状況に合わせたアプローチが重要であることが再認識できた。
「最初は興味を持って積極的に使用していたが、言葉の変換が正確ではないため、あまり活用しなくなった。フリートークでは、字を読むことに必死になってしまい、ペースがついていけないこともあった。」(中学生担当教諭のコメント)
「特別な扱いを受けたくないと思っている児童にとっては、すべての生徒が利用できる状態でないと受け入れてもらえないことがわかった。」(小学生担当教諭のコメント)
④行政、学校、家庭の三者の連携の意義
兵庫県、大阪府では教育委員会経由で聴覚障害のある児童/生徒が在籍する全学校に案内が配布され、全体申込の約80%がこの2府県で占める。担当教諭、保護者への個別ヒアリングを通して、保護者から支援ニーズを伝えるハードルが高いこと、そして教諭も支援に関する情報を得る機会が限られていることが課題として認識できた。改めて、支援ツールだけでなく、両者のコミュニケーションを円滑に進めていくためのサポート体制が、児童/生徒の過ごしやすい学校生活づくりに寄与すると考える。
「実際に子供達がどのような支援があるのかを経験して使いこなせるまでには時間が掛かると思っていたので長期間での貸し出しは本当に助かります。どのような場面で利用できるのか?どのような時に使うのが効果的なのか?という所から学校の先生や子供達、保護者が一緒に考える良い機会になると思っております。」(兵庫県難聴児親の会/会長宮本様のコメント)
今後について
今回の効果検証結果を元に、音声翻訳ツールだけでなく、学校現場における教諭や児童/生徒への必要なサポートを検討していく。「予算がなく支援体制を整備できない」といった声が寄せられる中、全国的な聴覚障害児/生徒の学校現場での支援課題を把握するための調査を行う。このアンケートの結果は、聴覚障害児/生徒の支援環境を充実させることを目的とした今後の自治体への提案に活用する。
▼聴覚障害児/生徒の学校現場に関する調査アンケート
調査対象:ろう・難聴の児童/生徒が在籍する小・中・高校の先生
もしくは、小・中・高校に在籍するろう・難聴の児童/生徒の保護者
https://forms.gle/rBBFU4HfT6iu38nW6