首都圏、関西圏ともに私立中学の受験率が伸びている昨今、保護者が認識しておくべき受験に関する基礎知識と取り組ませるべき具体的な勉強内容をわかりやすくまとめた本『合格する家庭が必ずやっている、中学受験勉強法「自走サイクル」の作り方』(KADOKAWA)が出版された。著者は、関西の大手学習塾で活躍し、灘中学をはじめとする最難関校の合格者を激増させた吉田努氏。現在、進学館√+(ルータス)統括、アップ執行役員首都圏中学受験本部本部長である。授業の腕は抜群で、「世界一受けたい授業」(日本テレビ)にも出演したことがある御方。
本のタイトル「自走サイクル」というところが興味を引く。「はじめに」のやるべきことは「教える」ことより「意識づけ」は、モチベーションの維持と学習習慣の定着に直結する。そして、中学受験は、子ども、保護者、プロ指導者の「三位一体」で乗り切ることを前提とし、保護者が勉強を教えるのはNG、もえつき症候群防止に向けている。モチベーション向上には学校見学がよく、知的好奇心が目覚めれば「自走サイクル」は回転し始めると述べられている。今、求められている自己調整による個別最適な学びと同義。また、志望校選びに関する情報は保護者主体とし、第一志望合格主義を貫くことが肝要とのこと。「ご自身が子どもにとってすてきな存在であり続けるために、塾をうまく活用してください」とまとめている。コロナ禍で、オンライン学習を余儀なくされる中、教科内容を教える(teach)以上に、勉強のやり方を教える(facilitate)することの重要性が見直せれているだけに学ぶことの本質を改めて考えさせてくれているところがこの本の真骨頂とも言える。
第1章では、親がおさえておくべき「基礎知識」と「心構え」として、志望校選びの考え方や塾との付き合い方が開陳されている。受験勉強以前に必要な「はみがきよし」は基本的生活習慣と言えるもの。第2章では、「受験勉強の原則」として、心得と実践について、具体的な学力の伸ばし方が書かれている。継続、地道、あきらめないなど、勉学を進化させるキーワードがあることも見逃せない。理解中心教科と暗記中心教科は学習順をときどき入れ替えるなど、独自の表現法でテクニック的なこともちりばめられており、学習塾という舞台で長年、活躍されてきた片鱗が垣間見れる。第3章では、親がやるべき子どもへの「声かけ」と具体的な「サポート」について語られる。受験期における保護者の子どもへの接し方や付き合い方の心がまえである「かきくけこ」、ほめ言葉の「さしすせそ」、「転ばぬ先の杖」は子どもの足腰を弱くするなど、ユーモア溢れるアプローチは読者を飽きさせない。「自走」のために親が取り組むべきサポートとアクションについて、You Tubeの授業動画を見せる、実体験を積ませ興味を喚起する、十分な睡眠と体内時計を整えるなど、つい忘れがちな点にも気づかせてくれる。
第4章「中学受験の具体的な勉強法」では、執筆協力者として、進学館√+(ルータス)から5名のプロ講師が加わり、国語、算数、理科、社会の勉強法についてわかりやすく解説されている。国語は漢字・語法・文法・読解の基礎力と読解問題の解き方、新傾向対策、得点力向上につながる読書、算数は基礎力となる計算力、問題文を読み取る力、自分の力を表現する力、そして、応用力と過去問対策、理科は基礎力としてのコア概念と科学的体験、イメージ、ノートづくり、記憶のトリガー、応用力、社会は事前学習と地理・歴史・公民の基礎力について明解な指導法が赤裸々に綴られる。学習指導要領の「思考」「判断」「表現」が想起される。
「おわり」は保護者へのエール。子どもが頑張る理由は保護者からの承認要求とし、保護者は子どもの憧れの存在であるべしとする一方、学習塾のプロ指導者は子どもから頼られることを誇りに思い、保護者に頼られてこそ「なんぼ」と吉田節を炸裂させる。保護者だけでなく、教育関係者にも参考になることは言うまでもない。一読をお勧めする。
関西国際大学 客員教授
神戸山手女子中学校高等学校 校長
平 井 正 朗