独立行政法人国立科学博物館(篠田 謙一 館長)の田中法生研究主幹(植物研究部多様性解析・保全グループ)は、堀内勇寿博士(研究当時:筑波大学博士後期課程3年、国立科学博物館特別研究生)、上條隆志教授(筑波大学生命環境系) との共同研究により、筑波実験植物園内のハナアブ類による植物花粉輸送ネットワークを解明し、この研究成果を論文発表した。この中で、筑波実験植物園外の一部の外来植物が保全植物の繁殖に影響を及ぼす恐れがあることなどを明らかにした。
■研究のポイント
筑波実験植物園において、園内に生息するハナアブに付着する花粉を解析し、ハナアブ-植物間のネットワークを解明した結果、筑波実験植物園外に繁茂する外来植物セイタカアワダチソウやセンダングサ類が、園内の花粉輸送ネットワークで最も優占していることが明らかになった。これは、園内で栽培保全される植物の花粉輸送に影響を与え、繁殖上の問題を引き起こす可能性があることを示している。今後、植物園内だけでなく、周辺の外来植物を含めた環境管理も重要であることが示された。
植物園における栽培植物の生育域外保全について、送粉者による花粉輸送を介した繁殖を視野にいれた評価と環境構築の指針を示すための新たな保全展開につながる研究。
同研究成果は植物園のポリネーターガーデン(送粉生物を保全するための植栽地)としての潜在的機能の創出に資する研究成果であり、植物園の新たな価値を、都市環境の持続的利用の観点からも見いだす契機になると期待ができる。
■研究の背景
近年、二次的な生物の生息場としての都市緑地の機能が注目されている。送粉昆虫の保全を目的に採餌場を創出するポリネーターガーデンは都市緑地を用いた生物保全の試みの一つであり、植物園はその花資源の豊富さ、都市域に設置される立地的な観点から、副次的にポリネーターガーデンとして機能しうると考えられる。そのため、植物園では花粉輸送の促進による植物集団の健全性の維持、または栽培種間での交雑等の観点から、適切な保全を行うための植物-送粉者のネットワークを把握する必要がある。 植物園環境では植栽種の位置特定が容易であり、送粉者による花粉輸送距離を明らかにできるという利点があるため、送粉生態学的な研究に適した調査地でもあり、植物と送粉者の双方の保全にとって有効な場でもある。しかし、植物園環境において客観的に植物-送粉者の関係をモニタリングする方法は確立されていない。この研究は、 筑波実験植物園のポリネーターガーデンとしての評価方法の探索のために、 送粉昆虫としてハナアブを用いた。ハナアブは、1) 送粉に重要な種、2)豊富な存在量、3)ジェネラリスト訪花者(広範な植物種に訪花する性質をもつ)、4)異種花粉の運び手、5)高い移動性、6)トラップによる捕獲の容易さ、というモニタリングに適する特性を持つ。そこで、筑波実験植物園内に生息するハナアブを捕獲し、そこに付着する花粉のDNA配列情報から植物種を同定する(DNAバーコーディング)ことで、園内の花粉輸送ネットワークや送粉パターンの解明を目指した。
■研究の内容
〈方法〉
2018‐19年(9月下旬‐11月初旬)に、国立科学博物館筑波実験植物園内にて小型粘着トラップを用いて、ハナアブ類の採集を行いました。ハナアブの体表付着花粉は、顕微鏡での観察に基づき分類し、各花粉種につき1花粉粒ずつDNAを抽出後、 核DNAのITS, 葉緑体DNAのrbcL, trnL-F領域の塩基配列を決定した。国内外で集積された塩基配列情報データベースとの相同性検索および筑波実験植物園内の開花植物種を考慮して花粉の植物種を同定した。このデータを基に、採取したハナアブ個体と花粉種のネットワークを構築した。また、植物種の位置が特定可能な場合はハナアブ類のトラップ位置からの距離を算出し、植物園内の景観要素との関係性を解析した。
〈結果〉
ハナアブ類の体表から、116分類群(種または属)の付着花粉が検出されました。個体レベルでの花粉輸送を表すネットワークは2年間ともに、類似した構造を示した。特に、筑波実験植物園敷地外に由来する外来の2種セイタカアワダチソウとセンダングサ属種は最も多くのハナアブ個体に付着し、付着確率は園内中心部ほど増加した。さらに、植物-植物間においても外来種がネットワークの中心にあった。また、潜在的な送粉経路は園内中心の開放域に集中しており、異質性のある開放環境では送粉距離が短くなった。
〈考察〉
筑波実験植物園において、ハナアブ類は、様々な花資源を利用していたことが明らかになる一方で、花粉輸送ネットワークにおいて、園内には生育しないセイタカアワダチソウなどの外来種が優占しており、園の中心部に近いほどこれらの花粉付着確率が上昇した。これは、筑波実験植物園外に生育する外来植物が、園内の保全植物に異種間花粉輸送をもたらすことにより、繁殖上の問題を引き起こす可能性があることを示している。また、花粉輸送を介したハナアブ類の移動経路が筑波実験植物園の中心の開放域に集中していることや異質性のある開放環境では送粉距離が短くなることから、植物園の環境管理により、保全植物間の送粉をコントロールできる可能性が示された。以上から、植物園内だけでなく、周辺の外来植物を含めた環境管理が、植物園の植物保全に重要であると考えられる。
■研究成果から得られた社会的意義、今後の課題と期待
外来種は、生物多様性保全において最も重要な課題の1つとなっており、これまで、外来種による在来種の生育環境の圧迫、在来種との交雑などの問題は多数の報告がある。この研究により、周囲に生育する外来種さえも植物園内の花粉輸送ネットワークの中で優占し、潜在的に影響を及ぼしうる可能性があることが明らかになった。これは外来種問題の新たな側面として、今後に重要な課題を提示することになる。植物園は、生育域外保全を担う主たる機関であることから、問題の警鐘を先導的に行う必要がある。
植物園は植物多様性保全の拠点であり、野生環境とは異なる生育域外保全環境を構築している。この環境の中での植物-送粉者間の関係を把握することは、繁殖も考慮した生育域外保全の今後の指針提示に繋がると期待できる。
植物園を含め、都市環境に点在する公園などの緑地は、送粉生物を保全するための“ポリネーターガーデン”としての機能も期待される。ポリネーターガーデンの科学的な概念構築は世界的にも未熟だが、国立科学博物館では、この研究に加えて、皇居や附属自然教育園での機能評価研究を進めることで、都市緑地の域外保全環境およびポリネーターガーデンとしての機能認知を促すとともに構築のための指針を提示できると考えている。
今回はハナアブを介した花粉輸送ネットワークに着目したが、他の送粉者を含めた花粉輸送ネットワークを明らかにすることで、より適切な保全戦略を構築することが期待できる。