「地域がグローバルに生きるには」(帯野久美子著/学芸出版社)
-地方創生と大学教育-
評者:龍谷大学付属平安中学高等学校
校長補佐 平井 正朗
同書の最大の魅力は、地方の一国立大学の成功事例にとどまることなく、地方創生と今後の大学教育のプロトタイプを示すのと同時に、グローバルな世界を生き抜くキャリア教育の必読書として中高生にも有益なことだ。
今、中等教育は大きな変革を遂げようとしている。文部科学省から大学入試改革はじめ、〝主体的で対話的で深い学び〞(アクティブ・ラーニング)、カリキュラム・マネジメント、英語教育等、様々な施策が打ち出され、教育の内容そのものが問われている。背景にあるものは、先が見えない時代、地球規模の課題に対応できるコンピテンシー育成に他ならない。日本の学校はと言えば、入試を突破し、序列化された学校へ進学することが主流であったため、受験生は自らの意思に関係なく必要な科目を優先してきた。時は移り、個々のポテンシャルを最大限に引き出し、明確な正解がない現代社会の難問に果敢にチャレンジできる背景知識、論理的思考力、問題解決能力が求められる時代である。その意味で、同書に例示された和歌山大学におけるグローバル教育の4本柱である〝ダイバーシティー力〞、〝アイデンティティ力〞、〝コミュニケーション力〞、〝人間基礎力〞(「世界宗教講座」、「ジャパンスタディ」「実践英語クラス」「TOEICステップアップ講座」「タイ/インドネシア/ラオス/ベトナムプログラム」等として結実)は、学びの領域を広げ、自ら問いを立て、自らの頭で考え、納得解を探求するという21世紀型スキルのロール・モデルになっている。これは何をどのように学び、身につけたかという次期学習指導要領の「習得→活用→探究」という方向性とも一致する。同時に、若者が世界に飛び出し、異文化を肌で感じ、多様な価値観を尊重するとともに、日本を外から見つめ直し、時代を生き抜く力を身につけることや文理融合の見識も有する学際的な人材育成を示唆するものとなっている。
英語教育に関する所見も正鵠を得ている。グローバル教育イコール英語教育ではないことを指摘した上で、「英語は、メッセージを伝えたい部分にエネルギーをかけてくる言語なので、すべての文字を頭の中で変換し、解読する必要はない。聞こえない音は聞く必要がないから発音していないので、エネルギーの高い部分だけを聞いて、それをつなぎ合わせて全体を理解すればよいのだ」といった分かりやすい文体を駆使し、英語教育界が長年、取り組んできた諸問題と真摯に向きあい、コミュニケーション・ツールとしての英語、小中高大での英語のトータル設計、教員養成を提案されている。
さらに、ビジネスパースンとしての著者の豊富な経験からのアプローチは、ダイバーシティーをイノベーションのために進める欧米企業とキャッチアップ型の現場のオペレーション効率改善を重視し、新しいネットワークづくりには乏しいと言われる日本企業を二項対立的に捉える〝生きた教材〞にもなっている。
特筆すべき地方創生と大学教育についての筆者の主張は、「強い意志と、人の優しさに涙する感性を備えた若者を社会に輩出することができたのだ」という成功体験に基づき、「グローバルは地域を世界に開き、地域を若者の活躍の場とするキーワード」とし、「各地の小さな大学が、小さな自治体の、小さな資源を掘り起こすことで、地方の意識は変わっていく。それが、地方の創生に、ひいては美しい日本の創造につながっていくはずだ」という言説に集約されている。
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著者の帯野久美子さんは、大学卒業後、フリーランスの翻訳家を経て昭和60年に翻訳・通訳の会社インターアクト・ジャパンを設立、今日に至っている。2009年より約6年間、和歌山大学理事・副学長を務められ、現在、関西経済同友会常任幹事はじめ、文部科学省大学設置・学校法人審議会委員、同省中央教育審議会委員、スーパーグローバル大学創生支援プログラム委員会委員、大阪市教育委員会委員、和歌山大学・東北大学経営協議会委員、ホーチミン市師範大学客員教授、追手門学院大学特別教授等の要職にも就かれている。
関西経済同友会においては、「子どもの貧困委員会」の委員長として、大阪市と連携して多種多様な取り組みを継続的に実施するプラットホームを立ち上げられようとしている。また、インドネシアの大学でもホーチミン同様の取り組みを始める予定だという。
すべては「若者の努力が報いられる社会。チャレンジできる社会。失敗してもやり直しが
きく社会、夢と希望を持ち続けられる社会。そんな日本をつくるのは私たち大人の責任なのだ」という一節に凝縮されている。著者の「自己実現」へのネクスト・ステージは始まったばかりである。一読をお薦めする。
〈プロフィール〉
平井 正朗(ひらい・まさあき)
現在、龍谷大学付属平安中学高等学校 校長補佐。その他、全国英語教育研究団体連合会理事、京都府英語教育研究会連合会連絡協議会会長、京都府私立中学高等学校連合会外国語教育研究会委員長、大阪市教育委員も務める。著書・論文に『新聞英語の読解ストラテジー-21世紀のグローバルな文化交流に備えて-』(英潮社)、「教員の自律的参画と授業改善を志向するカリキュラム・マネジメントの試み」(Quality Education Vol.8、国際教育学会)他多数。